国土技術政策総合研究所 沿岸海洋・防災研究部 海洋環境研究室
KURIHAMA

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研究紹介

生物生息場の空間デザイン

1.背景と研究目的

図1 近年,人々が海を身近に感じることができる港湾域・沿岸域の水際が,生態系サービスの観点で着目されています.生態系サービスとは,生態系がもたらすサービスであり,供給(水産物)や調節(汚染物の浄化,炭素貯留)をはじめ,文化(散策,環境学習,釣り)が含まれます.かつて産業区域として限られた人の出入しかなかった港湾域の周辺は,高層マンション等への再開発が進められ,都市部において多くの人々が海に近づくことができる貴重な場所へと変わってきています.また,人口減少等による社会的活力の減衰が顕在化している地域においては,豊かな自然,文化や伝統といった地域社会の活力の維持・向上が重要となっており,港湾域・沿岸域の生態系サービスの果たす役割は小さくないと考えています.この生態系サービスを向上させるためには,豊かな生態系が不可欠であり,生物生息場の再生が強く望まれています. そこで当研究室では,多様な生物が持続的に生息できる生物生息場の空間配置(Seascape)を研究しています.多様な生物に対して,生活史に伴う生息場の移動等の水域全体に渡る生物の繋がりを考慮し(図-1),産卵場となる干潟,生息場となる藻場や磯場等の最適配置のデザイン手法の開発です.この技術は新しい概念であるため,現在は概念設計を行っています.この多様な生物に対するSeascapeのデザイン手法の開発により,長期ビジョンを持った自然再生を戦略的・効果的に図ることが可能になると考えています.


2.魚類の生息場タイプに基づく類型の方法
 東京湾沿岸域の水深20m以浅で確認される魚類のうち,以下の4点のいずれかに該当する種を中心に生息場の情報を収集した. 1.2010年以降に東京湾で採集記録の報告されている種,2.東京湾内に生息していた絶滅種及び生息する絶滅危惧種,3.江戸時代の東京湾の主要な漁獲物,4.東京湾の水産重要種.  得られた情報に基づき,生息場を6タイプに分類した.(表-1)  魚の成長段階(卵,仔魚,稚魚,未成魚,成魚)(図-1)ごとに生息場タイプをまとめた.魚の確認された場所を「生育場」とし,生育場のうち,卵や胎仔の確認された場所は「繁殖場」とみなして区別した.  各魚種の繁殖条件と生息場利用様式(数値型説明変数)との関連性を調べるため,カイ自乗検定を行った.
表1
3.魚類による各生息場タイプの利用状況の結果と考察

図2 ・魚類群集全体の生息場利用の特徴と傾向を捉え易くするため,36種の東京湾の魚類を生息場利用の特徴に基づき16種類に類型した.(一部を図-2に示す) ・97%(35/36種)の魚種が干潟を含む複数タイプの生息場を利用していた.(図-3) ・利用する生息場タイプ数の多い魚種ほど,繁殖のために異なるタイプの生息場間の移動を要する傾向があった.(図-4) ・利用する生息場タイプ数の多い魚種の生息場をデザインする際は,生活ステージによって変化する生息場間の空間移動形態への考慮が重要と考えられた(例:成魚期では遊泳に,仔魚期では流れにそれぞれ重点を置く). ・利用する生息場タイプ数の少ない魚種ほど,干潟に依存する傾向があった.(図-5) ・利用する生息場タイプ数の少ない魚種の生息場をデザインする際は,存続上重要な局所的デザイン(微地形.例えば図-6,7)の積極的な導入が重要と考えられた. ・多様な生物の生息場利用型に適したSeascapeをデザインし,それらを重ね合わせることにより,2050年の東京湾の生物相を豊かにする設計の実現につなげていく.

図3 図4-5 図6 図7