離散渦法による沿岸域流れの解析に関する研究

 

 

 

 

 

 

 


1章 序論

閉鎖的な内湾域は、高濃度の負荷・長い滞留時間・比較的大きな水体積・湾内での内部生産性の高さなどにより特徴付けられ、構造的に汚濁が進行しやすいという特徴を持つ。

日本の内湾域を例に取ると、その環境問題への取り組みは、公害対策・環境復元(創造)・生態系との共存といったキーワードを軸に変化してきている。そして、現在では、環境問題の広域的・長期的な視野に立った評価や対策を考えるべき時期に来ていると認識されている。これが環境問題のマクロ化である。また、生物・生態系に配慮するためには、局所的・短期的な(非定常的な)現象を把握・評価することも重要であり、これは環境問題のミクロ化として捕らえられている。

そうしたミクロ化された環境問題を考えるためには、そのツールとして環境シミュレーション手法を整備する必要がある。本研究は、こうしたシミュレーション手法の中で、特に微細な地形条件を考慮でき、局所流れへの適用性が高いと考えられる「離散渦法」を取り上げた。この離散渦法を観測値や実験値による個別のパラメータ調整をすることなく,実際の沿岸域の流れに適用し,その予測を可能にすることを目的とした。

 

第2章 乱流モデルによる流れ解析と離散渦法の定式化

渦流れの計算手法とその応用として、離散渦法がNS方程式の直接解法として発展してきた経緯と、その定式化を示し、離散渦法の特徴と基本的考え方を解説するとともに、流速場の求め方、圧力場の求め方について整理した。

特に、本手法の特徴である拡散渦(離散渦)のモデル化について、その理論的実験的根拠を示し、渦中心からの距離における接線流速

 

 


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の形で与えることで。多数の渦点の集合を1つの離散渦で代表させ、効率的な計算を行うことができる可能性を示した。ここに、は循環、は拡散の大きさのパラメータ、は渦放出後の経過時間である。以下の章において、様々な計算ケースにおいて個別に適用性を判定しながら、この定式化の妥当性について検討していく

 

第3章 基礎水理現象の再現

まず、実験水路において生じる規模の流れあるいは現地での小規模な流れを検討の対象として、これを離散渦法により再現することを試みた。ここでは、この手法をより一般的な流れに適用する上で必要となるモデルパラメータの具体的な定式化について明らかにした。

それぞれの検討は、水理模型実験や現地観測による流れ場の特徴の把握と、その流れを離散渦法によって再現することにより行われ、離散渦法における境界条件の与え方、基本的なパラメータの設定方法について考察した。

まず、単一閉境界の条件として、一様な流れに対して角度を持っておかれた平板背後に発生する渦列を取り上げた(図−1)。これにより、平板を取り囲む閉曲線上に配置された離散渦により閉境界を設定する方法と、その剥離点に位置する離散渦の放出による剥離渦の再現方法に関する基礎的な検討を行った。特に、その発生する渦列のパターンの再現に着目し、適当な境界要素の配置密度や、離散渦として流れ場に放出された渦の消長を決めるパラメータの与え方についての指針を得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図−1:斜め平板背後の渦列

 

次に、単一開境界の条件として、桟粗度の凸部周辺の流れを取り上げた。これにより、凸部周辺の境界条件を1本の線境界により再現する開境界の設定方法と、一旦剥離した渦と他の離散渦との干渉に関する検討を行った。特に、桟粗度の大きさと空間配置と渦干渉の関連を着目し、開境界を単純な1列の離散渦で与えることの妥当性が検証され、離散渦の放出方向などが良好に再現されることを確認した。

最後に、複数閉境界の条件として、一様な流れに置かれた多数の円柱列周辺の流れを取り上げた。これにより、多数の孤立境界が存在する場合の境界の設定方法について検討した。特に、円柱列を通過する際に発生する滞留域や噴流状の流れのパターン、円柱列群体としての抵抗係数などに着目し、複数境界の相互干渉モデルを用いた再現計算の妥当性を検証した結果、見かけの抵抗係数の減少などが再現されることなどが確認され、離散渦法による複数閉境界の計算法が検証された。

 

第4章 沿岸域流れの解析(1) -地形性の剥離渦-

本章では、元来ナビエ・ストークス方程式の直接解法として位置付けられてきた離散渦法を、乱流モデルとして位置付け、沿岸域の流れに適用できるように拡張した。

まず、平面二次元の計算手法である離散渦法が適当な方法で準三次元的な沿岸域特有の条件(底面摩擦による影響等)を取り込むことが可能であることを、強い潮流の中に孤立して存在するRattary島周辺の非対称な後流渦のパターンについて検討することで示した(図−2)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図−2:Rattary島周辺の流れ。(a) 観測値、(b) 離散渦法による再現(底面摩擦による影響を考慮しない条件での計算結果)、(c) 離散渦法による再現(底面摩擦による影響を考慮する条件での計算結果)。

 

また、潮流とヘッドランドの干渉による水塊構造の形成過程を検討し、海岸線という連続境界近辺での渦構造の計算が可能であることを示し、渦流によるトラップ効果がパッチ状の高塩分水と低塩分水の分布を形成する可能性を示すことができた。

 

第5章 沿岸域流れの解析(2) -海峡部の流れ-

本章では、沿岸域において特徴的である内部流れの問題に離散渦法を適用するために、海峡部のように両岸からの剥離渦が干渉し合うような場で検証を行った。

まず、小さな開口部を残して海域を囲い込み、この開口部を通しての潮汐による海水交換過程を利用した造流堤である「グチ式造流堤」による造流効果について、様々なスケールの実験を行い、その結果との比較を通じて本計算法を含む種々の計算法による再現計算の精度検証を行った。グチ式造流堤の開口率が小さくなると、開口部付近での流速が大きくなり三次元性が強まる。これを従来の厳密な三次元計算手法により予測するならば良好な一致を見せる一方で、擬似三次元計算法である3D-ADIによれば、その予測結果は水理模型実験により得られるものと傾向を異にすることが指摘されている。離散渦法は、他の三次元計算法に比べてきわめて簡便でありながら、その解析精度は上記二つの手法の中間に位置することが確認された。これは、水平的な空間分解能が高いことにより、開口部における剥離渦の生成過程を精度良く再現できていることの成果であると考えられた。

次に、メソスケールの渦流動への適用性を検討するために、数百m規模の島(ここではPalm諸島)の間にある海峡部の流れや、数km規模の東京湾湾口部における流れを検討の対象とした(図−3)。ここでは、現地スケールでの渦を捉えるために、従来から行われてきた流速計の係留や、曳航式超音波流速計による観測に加え、平面的に表面流速を観測できる海洋短波レーダを利用した現地観測を行っており、その結果を踏まえて現象の詳細について論じた。また、この現象に本論文で開発してきた解析手法を適用することも試みており、結果として、観測によって確認された空間的な渦構造が数値計算によっても再現されることを示した。なお、有限要素法などの空間的に高い分解能をもつとされる計算手法を用いても、渦の規模や変形が必ずしもうまく再現されないのに対して、離散渦法を用いると、潮流を外部流れとして往復流で近似することや、境界を1列の境界渦点列で近似することにより、比較的計算負荷をかけずに、海峡部周辺の噴流構造の時間的変化や、滞留域の空間規模などを再現可能であることがわかった。以上のよう本研究で検討してきた解析手法を用いることで、沿岸域における流れのパターンや水塊構造の形成過程、海水交換機構などを簡便かつ比較的精度よく予測できることが示された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図−3:Palm諸島の海峡部の流れ。左はVHFレーダによる観測値、右が離散渦法による計算値。

 

第6章 結論

本論文では、離散渦法におけるパラメータの統一的な決定方法を提案し、様々な条件下の流れを対象として離散渦法による計算を行い、これらを水理模型実験や現地観測の結果と比較することで、その適用性が広いことを実証的に証明した(レイノルズ数で1000〜80000)。また、レイノルズ数の適用範囲だけでなく、異なる水塊構造をとる様々な問題に対しての適用が可能であることが示唆された。しかし、沿岸部の流れにこの方法を適用する際には、その簡便性と引き換えに、(1)渦の粘性拡散に対して水深の変化の効果が取り入れられていないこと(2)場の流れとして与えるポテンシャル流に、底面せん断力の影響が入らないこと(3)塩分や水温等の違いによる密度効果を計算できないことなど計算法の限界がある。

こうした、計算法の長所・短所を十分に理解した上で用いるならば、この離散渦法は沿岸域における微細な流れの計算手法として有用であると言え、空間的・時間的な変動スケールを超えて沿岸域流れを検討する計算のツールのひとつとしての今後の更なる活用が期待される。

 

謝辞

本論文は,理工学部社会環境工学科関根正人教授,C川登教授,機械工学科太田有教授のご指導を得てとりまとめられました.記して感謝いたします.